メール配信記録/稽古日誌 昇段レポート(学生部)








昇段レポート(学生部)

髙井皇輝 (たかいこうき)

●所属道場:勝山道場
●入会年月日:2007年06月01日
●昇段年月日:2016年12月04日
●職業:高校生

小学1年生の時、空手経験者の祖父の影響で入会。コツコツと稽古を重ね1級までは順調に昇級。昇段審査では紆余曲折ありましたが、あきらめず挑戦しつづけ昇段を果たしました。この経験を財産に今後益々の成長を期待しています。

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感謝の気持ちを後輩に尽くすことで返していきたい

僕が空手を始めたのは小学1年生の時です。見学をさせていただき、先生や先輩の姿を見て、自分もやってみたいと思い、昔から空手をしていた祖父と一緒に通い始めました。

始めた頃はどんなことも新鮮で基本や型を少しずつ覚え、楽しく稽古をしていました。

僕は精神面が弱く、修練会や審査の時はいつもガチガチでなかなか力を発揮することが出来ませんでしたが真面目に練習を続けていたため、1級までは順調に進級することが出来ました。

中学生になり、一般部の稽古に参加するようになりました。今まで行ってきた練習とは内容も緊張感も違い、なかなか慣れることが出来ず練習が嫌だと思ったこともありました。

先輩方や先生方が熱心に教えてくださったこともあり、昇段審査に挑戦しようと思うようになりました。今思うと、僕は昇段審査を甘く見ていました。最初の一次審査は型でしたが、頑張ったつもりでしたが再確認になってしまいました。そこから先生に何度も見てもらい、三回目の挑戦でようやく一次審査に合格することが出来ました。

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二次の組手審査では思うように動けず不合格。この時の僕は出来るだけのことをしてきたつもりでしたが、それ以上の努力が必要であることに気付いていませんでした。そうしているうちに高校受験があり、集中するために三カ月ほど空手から離れることになりました。

高校生になって改めて昇段審査を受けたものの、またもや不合格となりました。もうあきらめようかと思いましたが、柴田先生から「諦めずに何度もやればきっと取れる」という言葉をかけていただきました。

自分のどこに問題があるのかを知るたろに岡山の道場に先生と一緒に行き、稽古に参加させて頂きました。其の時、藤島師範に「行動を変えなければ結果は変わらない」と言われ、自分の甘さを知りました。

そこから目標を立て、毎日拳立てふせ、ジャンピングスクワット、さらに家でも家族にミットを持ってもらい、打ち込みを何度も行い、自分を追い込んでいきました。

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そして迎えた冬の審査では、今迄やってきたことを出し切ることが出来ました。いろんな先生に「今までで一番良かった」と声をかけて頂き、ようやく黒帯を取ることが出来ました。

審査を通じて、あきらめない、何度も挑戦していくことの大切さと目標を決めた時、どう行動していけば、その目標を達成できるか、そういう考え方を学べました。

審査や練習の時、ご指導いただいた藤島先生やずっと教え続けてくださった柴田先生、何度も組手の相手をしてくれた髙橋君、他にもたくさんの方にお世話になりました。この感謝の気持ちを今度は後輩の為に尽力することで返していけたらと思います。これからも日々頑張っていきたいと思います。本当にありがとうございました。

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[ 2017/04/03 13:02 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(学生部)

森中啓渡(もりなかけいと)

●所属道場:勝山道場
●入会年月日:2008年03月19日
●昇段年月日:2016年03月06日

小校入学前にお祖母さんに連れられて見学、入会。真面目な稽古姿勢で着実に上達。競技試合や講習会、徳育学習会などのイベントに積極的に参加し自らを磨いています。組手には多少の苦手意識があった様子でしたが、努力して克服し昇段を果たしました。少年部の補助指導員として後輩達の良き模範となっています。

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~空手道のスタートラインに立つ~

僕が祖母に手を引かれて勝山道場の見学に初めて行ったときから、八年の月日が流れました。空手を始めた理由は、いじめに遭わないように技を身につけ心を強くするためと、礼儀を身につけるためでした。道場はとても穏やかな雰囲気で練習が行われていて、僕はすぐにとけ込むことが出来ました。道場に通い始めて一番最初に身につけたことは、先生の話を集中して聞くこと、動きを目で見て学ぶことでした。この時身につけたことは、今に繋がっていると思います。また、一つ技を覚えて、出来るようになると、先生は必ず褒めてくださいました。そのことが一番の励みになったことを覚えています。

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道場に通い始めて数年経った頃、道場では、論語を勉強するようになりました。論語は心の型と言われ、他の空手団体ではやっていないと思います。県北では月に一度、論語のワークショップがあり、僕は出来る限り参加しています。一番心にある論語は「学は及ばざるが如くす。猶之を失わんことを恐る。」です。昇段を目指す上で、そして昇段した後もこれを心がけようと思いました。
 
中学一年生の時、昇段の一次審査を受けました。伝統型の審査で、練習を重ね、合格させていただきました。しかし二次審査に向け練習をしている時に骨折をしてしまいました。半年間空手が出来ず悔しい思いをすると同時に、健康管理は自己責任だと反省していました。

そんな時藤島師範のブログで見た一言が目に留まりました。「目標を立て腹をくくる。失敗は成長のチャンスととらえる。周囲の人を大切にし何事にも感謝する。」この言葉を見て、落ち込んでいた僕は気持ちを入れ替えることができました。必ず昇段すると目標を立て、まずは三月六日の二次審査を必ず受けようと強く思いました。心構えは、健康管理をして心と体を整え、基本を大切にすること。そして何より絶対に最後まで諦めないことでした。

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昇段講習会では戦略と戦術の基礎知識についてや、技術、体力、精進力、作戦の4要素のこと、序盤、中盤、終盤の戦い方のことなどを指導していただきました。そして審査当日は今の自分に出来る精一杯のことをやりきり、無事二次審査に合格しました。

僕は多くの人に支えられて昇段することが出来ました。僕が今あるのは、本部の中川師範、藤島師範、池本准師範、直接指導してくださった柴田先生をはじめとする先生方や道場の仲間の支え、家族の応援があったからです。先程書いた論語のように、初段は目標であってゴールではありません。僕は今、空手道のスタートラインに立ったと思っています。これからは感謝の気持ちを忘れず、日々精進し、思いやりの心(恕)と素直な心(忠)を基本に空手道を歩みたいと思います。

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[ 2016/06/07 15:15 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(学生部)

髙橋彪雅 (たかはし ひょうが)

所属:野田道場
入会年月日:2005/06/08
昇段年月日:2016/03/06
職業:高校生

5歳の時先に入会していた兄に続いて入会。入会当初は泣いて指導員やお母さんを困らせていましたが、昇級とともに意欲をもって稽古に取り組むようになりました。イベントにも積極的に参加。中学校の時から少年部の補助指導員として子供たちをリードしてくれています。空手の力量も指導員としても兄に追いつくことを目標に稽古に励んでいます。

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~笑顔で未来へ~

僕が空手を始めたのは5才の時でした。先に始めていた兄の道着姿を見て「自分もやりたい」と母にお願いして始めました。
 しかし、自分から頼んだにもかかわらず、稽古の度に大泣きし、暴れたりして、先生方や先輩の手を煩わせる問題児でもありました。そんな稽古態度だったので、最初の昇級に3年かかりました。不真面目な僕を、母は大変心配していましたが、父は、「ええが、彪雅には彪雅のペースがあるわ。」と、笑っていたそうです。ただ、そんな父も試合になると、とても厳しかったのを覚えています。
 兄も僕も、勝っても試合内容が悪ければ烈火の如く叱り飛ばされていました。逆に負けても試合内容が良ければ、満面の笑みで褒めてくれました。
 僕が5年生になる春、父が大病を患いました。僕は詳しく聞かされていなかったので、すぐに良くなると思っていました。
 その年の11月に、兄が東京で行われる大会に出ることになり、僕も参加させてもらいました。結果、僕は優勝することが出来ました。優勝が決まって戻ると、父は本当に嬉しそうに僕を抱きしめ喜んでくれました。「よくやった。すごいなぁ、嬉しいわ。」と、ずっと褒めてくれていました。

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 しかし、僕が6年生になる直前に父は、亡くなってしまいました。「父さん、お休み。」「おお、また明日な。」それが、父との最後の会話になってしまいました。 父が亡くなって、自分の心が、不安定になっていく感じがしました。 
それは、家でも学校でも空手でも現れ、中学に上がると真面目に生活することがバカらしくなり、母にも反抗し、学校でも不真面目、空手の稽古も中途半端でした。兄や先生方、先輩方に対する反抗的な態度をしたこともありました。
 兄が試合で入賞や優勝の常連者になり、補助指導員として、少年部をリードしていたので、「あのお兄さんの弟だから…。」という風に言われる(思われているような)ことが多々あり、それが嫌で嫌で仕方なかった時期がありました。
 しかし、なんとなくやっていた指導の手伝いで、幼年の子達が可愛い笑顔で、僕を慕ってくれていることが心の安らぎになりました。「この子達と会えなくなるのは嫌だな。」そう思い始めると、少しづつ学校生活も落ち着いていきました。

 
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 僕が一級の審査を受けた時、伝統型で変な癖が付いていて、合格をもらえませんでした。審査を受けてきた中で1番の挫折だったと思います。やってもやっても合格をもらえず2ヶ月が過ぎ、最後には、兄から合格をもらうことが条件になってしまいました。
 やる気も失いかけた時、兄に生きてきた中で1番というくらいに叱られました。怒鳴られるのではなく、淡々と「関わってくれている全ての人達が、どれほど心配し、自分を良い方向に行くように導いてくれているかということに気付いてほしい。」と、言われました。
 そこから昇段までも長くかかりました。僕の悪い癖で、時々、気を抜いてしまうのです。そんな僕の態度は、先生方にはお見通しで、昇段審査を受けることが出来ませんでした。やっとの思いで一次審査を受け、合格できたのに、そこからも自分の弱さやアクシデントで二次審査も中々受けられず、高校受験とも重なり、思うようにいかないことに一杯一杯になり、母や兄、友達にもずいぶん迷惑をかけたと思います。

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 先日、やっと二次審査を受けることが出来、合格をいただいた時、母は本当に心からの笑顔で喜んでくれました。兄は、「兄としては嬉しいけど、空手の先輩としては、まだまだやな。」と、笑顔で言ってくれました。
 ここに至るまで、こんな僕を辛抱強く導いてくださった先生方や先輩方、そして友達には心から感謝しています。
 春から高校生となり、本格的に指導補助をさせていただきます。僕がかつてそうだったように、泣いて暴れる子ども達にも笑顔で接し、空手を楽しく続けてくれるように導いていける人になりたいと思います。
 散々心配と迷惑をかけた母と兄に安心してもらえるように、黒帯として、大きな目標である兄を追い越せるように日々精進していきます。そして、笑顔でいつも僕に力をくれた父に、空手と出会せてくれたことをいつも心に留め、自分自身もどんな時も笑顔で未来へと向かっていきたいと思います。本当にありがとうございました。押忍。

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[ 2016/05/16 13:31 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(学生部)

長船飛翔 (おさふねつばさ)

西大寺道場所属
高校1年生(昇段時)
20051024日入会(空手歴10
) 
20150927昇段

幼年の時にお母さんに勧められて入会。「週1回の稽古を淡々とこなしていた」と本人が言うようにマイペースで稽古。茶帯に昇級してから意識に変化が見られ競技試合にも積極的に参加し始める。高校受験の時期と重なった際も稽古には参加。秋の昇段二次審査に合格し昇段を果たしました。現在は西大寺、高島、十日市、泉田の四つの道場の少年部の補助指導員とし子供達をリードしてくれています。

  

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~周囲の支えを実感、これからは支える人になる~
 
僕が空手を始めたのは約10年前です。入門した頃は、とにかく楽しく稽古をとても楽しみにしていました。そしていつの間にか審査を受けられるようになっていました。

初めての審査でそれなりにプレッシャーは感じましたが、実際は審査について分かっておらず、簡単に考えていました。そして当日それまでに味わったことのない緊張感を体験しました。体は震えていて体が思うように動きませんでした。

何とか審査が終わり橙帯に昇級することができました。橙帯になり嬉しかったのですが、同時にもう審査は受けたくないと強く思いました。それからは審査を先延ばしにするため、「まだ実力が足りない」などといった言い訳を繰り返していました。

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そのような考え方が、そのまま稽古にも影響して稽古に行くのが嫌になってきました。稽古にいっても終わる時間ばかりを気にして全く集中できていませんでした。試合などは絶対に出場するのはいやでしたが、小学5年生くらいになってから「このままではだめだ」と気づきはじめました。

稽古態度など変わらない僕をみて母からは「やる気がないのならやめなさい。」と何度か言われました。しかし嫌なはずの空手でしたが、不思議とやめることは出来ませんでした。

中学生になり家の事情で別の(三浜)道場の稽古に参加するようになりました。そこでは、僕より年下なのに帯が上の人がいっぱいいてとても驚くと同時に焦りました。先ずは皆と同じ帯になることを目標にし、基本から真剣に稽古をするようになりました。稽古の後も、先輩に教えてもらうようになり、その時期からは順調に昇級し、茶帯の1級になりました。

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1級になると昇段ということを意識し始めました。それまでは黒帯を目標にするにはレベルが高すぎて実感がわいていませんでした。日に日に昇段したいという思いが強くなる一方で不安も大きくなっていきました。
一次審査の型は苦手だった為、ひたすら時間を見つけて練習をしました。本番までになんとか自分の思う型を身につけることができて一次審査に合格することが出来ました。

二次審査を受ける頃は(高校受験の為)体力が落ちていたので、ランニングを中心にして練習ししていました。心のどこかでなんとかなるだろうという思いがあったのですが、練習不足、体力不足のため再確認になりました。今思うと当然の結果でした。

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再確認になった大きな理由は「基本的な技が使えてないこと」「スタミナ不足」の二つでした。先生に指摘されて自分の甘さに気づきました。それからは一からやり直すつもりで稽古をしました。打撃力を高める為に筋トレを今まで以上にし、当日は基本的な技をしっかり使うように意識しました。

結果発表までの一週間は全然落ち着けませんでしたが結果は合格。嬉しかったものの黒帯を締めるという実感は湧いてきませんでした。
振り返れば昇段するまでたくさんの人に支えられきました。師範、先輩、家族などです。昇段したから終わりとは思わず、自分の鍛練は勿論。支えてもらったことを忘れないように、今度は支える人として新たなスタートを切りたいと思います。

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[ 2016/01/08 15:44 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(2014.10.05)

若杉 直生 (わかすぎ なおき) 

三浜道場所属
高校3年生
2003年7月17日入会(空手暦11年5ヶ月)   
2014年10月5日昇段   


小学1年生の時に入会。競技試合には比較的積極的に参加をしていましたが、入賞の経験など目立った成績はありませんでした。同世代の仲間たちが大会で活躍したり、昇段していく姿を横目にコツコツと努力を重ね、学校の勉強などの理由で限られた時間の中稽古に励み昇段を果たしました。

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●稽古で得た経験を、新しい生活に活かしていく。 

私は小学一年生の時に空手を始めました。小さい頃から気が弱く大人しかった為、それを心配した両親が自分に自信が持てるようになれればと空手道場に通わせたそうです。

しかし、空手には、あまり興味が持てませんでした。級も上がり、緑帯になる頃には稽古も段々と厳しく、難しくなり、毎週の稽古に行くのが面倒になってきていました。 

気付けば中学三年生になり受験のために三ヵ月程空手を休むことにしました。受験を終え、久々に道場に行き、驚きました。三ヵ月前まで同じ茶帯だった友人や後輩が黒帯になっていたのです。身近で自分と同じ帯だった人が黒帯になっていることは、かなりの衝撃的な出来事でした。

この時初めて黒帯になりたいと強く思うようになりました。私は型が苦手だったので、毎週居残りをしては先生や友人におかしいと所を指摘され、それが直るように練習しました。とこが稽古をすればする程おかしな点が浮き彫りになってくる始末で、「こんな状態で黒帯を取ることは出来るのだろうか」と思うことも多々ありました。

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それでも、少しずつ改善され、黒帯を目指して練習を始めてから何か月も経った後、ようやく審査を受けることを許されました。 審査が決まってから当日までは、今まで注意されてきた点、緩急、腰の高さ、気合などに気を付けながら、ただひたすらに型の稽古をしました。

 審査当日、かなり緊張しながら、会場入りしました。会場はいつも通っている道場だったのですが、いつもとは違う緊張感に、ますます体は硬くなるばかりでした。

 一次審査で型を演武する人は私を含めて三人。前の二人が見事な型を演ずる中、私は意外と落ち着いていました。以前だったら、道場の稽古中、皆の前で演武するだけで緊張して思うように体が動かなかったのに、その時はそれ程緊張せず、むしろ「あれだけ練習したのだから大丈夫。絶対に上手く出来る。」と、思えたのでした。

私の番になり、演武を始めると、腰の上下や姿勢、止めるべき所は止め、緩急を意識するなど、今までやってきたことすべてが出来ました。一週間後、結果発表の用紙には、一次審査合格と書いてありました。

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二次の組手審査では体力面に難があった為、いっそう苦労しました。パワー不足のため、相手にプレッシャーを与えることができなかったので、稽古の後、サンドバッグで打ち込みをするように先生にアドバイスを受けました。

しばらく続けていましたが向上したという実感もなく稽古が辛く、「キツイし、痛いだけでもう嫌だ。」と思う次期がありました。そのような気持ちが打ち込みにも現れていたのでしよう。「そんな気持ちの入ってない打ち込みなら何回やっても同じだ。」と藤島先生に言われることがありました。人が見てす分かるような態度で稽古をしていたのかと思うと、とても恥ずかしく、情けなく思いました。

 一次審査から約一年が経った、ある日、藤島先生から、秋の審査を受けたいかと尋ねられました。勿論受けたいと答えたところ、今日の組手(の内容)次第で考えると言われ、絶対に負けないと思いました。

しかし、結果は(有段者ですが)年下の後輩や社会人の後輩の人にボディーで倒されてしまいました。とても悔しい思いで一杯になり、今回の昇段は無理だと思いましたが、意外にも藤島先生は受けてもいいと言ってくれました。この貴重なチャンスを無駄にしない為に、短い期間でしたが最大限の努力をしました。体力をつける為に、夜走ったり、打たれ弱さを克服する為、打たせをしたり、今まで以上に気合を入れて打ち込みをしました。

 そして迎えた当日、一次審査以上の緊張で、無事に乗り切ることができるかどうかとても不安でしたが、池本先生や手伝いに来ていた友人達から励ましの言葉をもらい、勇気づけられました。この時の私には、とても心強いものでした。

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 組手をするときは、「前に出る。絶対に下がらない。」これだけが課題でした。なんとか一回目、二回目を戦い終えた後は、既にヘトヘトの状態でした。三回目の時には疲れて手数が減っても、常に前に出続けました。そして審査が終わり、なんとも言えない満足感でいっぱいになりました。

 それから一週間後、結果は合格でした。目標だった「黒帯を締める」まるで夢のようです。今までに何度も空手をやめたいと思うことがありましたが、やめなくてよかったと心から思います。

努力は人を裏切らない、今回の審査ではそれを改めて教えられました。空手を通じて、目標を達成するまで決して諦めてはいけないこと。そして、その結果は今までに積んできた努力に比例したものになり、更にそれは、自分一人で成し遂げたものでは無いということを教わりました。

黒帯になるまで多くの人に助けられました。藤島先生、池本先生、片山先生、先輩方、また、自分の為に時間を割いて手伝ってくれた、髙橋君(兄弟)や木村君。本当に感謝しています。これからは、黒帯として、後輩の良い見本となり、リードしていけるように、日々精進したいと思います。

また、私は四月から県外の大学に進学する為、約十一年間続けた空手から離れることになり、とても寂しいですが、今まで稽古で得てきた経験を、これからの新しい生活に活かしていきたいと思います。

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[ 2015/02/03 14:03 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(2011年9月25日)

池田龍太郎 (いけだりゅうたろう)南方道場

2011年9月25日昇段
中学校2年生(昇段時)
2006年12月20日入会(空手暦5年9ヶ月)


小学校に入学してすぐに両親のすすめで北分支部の湯原道場に入会。熱心な家庭の協力もあり組手や型試合で好成績を残す。2011年、家庭の事情により、本部(南方)道場へ移籍。空手の稽古だけでなく、徳育学習会にも兄弟そろって参加。大会でボランティアスタッフなど積極的に参加。真面目な稽古姿勢で学生をはじめ皆に良い影響を与えてくれています。

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~誰かを支える人になる~
 

僕は小学校で、いじめにあっていました。いじめに気付いた両親が心と体を強くするために、空手道場に入門させました。入門した時は嫌で、半年以上空手着も着ずに稽古をしていて、どうやって休もうかと、考える日が多かったです。

小学2年生の春、初めて試合に出場しました。緊張して怖くて何もできずに負けてしまいました。すごく悔しくて、勝ちたいという気持ちがわいてきました。
ある試合で、絶対に勝ったと思っていたのに、判定で負けてしまいました。
悔しくて納得がいかず、母に泣きながら抗議しました。すると母は、「誰もが勝ったと思う試合をしなさい。」と言いました。
僕は何も言えなくなり、それからはいっそう練習に励みました。

 
あの時、「負けたのは自分のせいじゃない」と思っていたら、今の自分は無かったと思います。
そうやって少しずつ努力した分、結果が残せるようになりました。
消極的な考えではなく、前向きに努力することの大切さを空手のおかげで知ることができました。

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今年4月、家庭の事情により、岡山市に転校することになり、今まで同年代の人達と稽古することは無かったのですが、たくさんの人達と稽古が出来るようになりました。
一緒に稽古をするうちに、一人、また一人と同年代の人達が昇段していきました。

ある日、先生に昇段の事を聞かれ、僕も向上心が芽生え、昇段審査を受けてみようと思いました。
今まで昇段に意識していなかったので、改めて自分の弱点が分かりました。 

一次審査の伝統技では、基本的なことをコツコツとやってきたおかげで、出来たように自分では感じました。
しかし、同じ日に二次審査を受けに来た人の組手の相手をさせてもらいましたが、自分では納得した内容では無かったです。消極的な攻め方で受け返しがイマイチだった事です。
このままでは、一次審査は受かっても、二次審査は受からないと思いました。

次の日から、自分の弱点を克服する為に、先生や先輩、同級生などからアドバイスを頂きながら練習に励みました。

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二次審査、一試合目の組手の相手は、足技が上手で突きも強かったです。
二試合目は、どっしりとした構えで、力強い突きでした。
一試合目のダメージもあり、少し弱気になっていた部分もありましたが、ここまで来たら最後までやり抜くぞ、という気持ちで頑張り、先生方や周囲の応援がとても力強かったです。

終わった後は、すべて出し切って今まで味わったことの無い達成感と感謝の気持ちでいっぱいでした。
そして数日後の発表で、合格を知りました。本当に嬉しかったです。

空手を通じて僕は本当に色々なことを学んだと思います。
僕を支え、応援してくれる家族、ご指導くださる先生方、一緒に学ぶライバルや友達がいてくれたからです。

その人達に「ありがとう」という感謝の気持ちを忘れず、日々何事も努力していきます。
そして次は誰かの為に、役に立てるよう手伝い、支えられる人間になれるよう、黒帯として頑張ります。

[ 2012/07/10 15:12 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(2011年12月04日)

青木傑志 (あおきたけし) 南方道場

2011年12月4日昇段
高校2年生(昇段時)
2007年4月29日入会(空手暦4年9ヶ月)   
    

家族の勧めで半強制的に入会。当初は空手を好きではなかったようですが、周囲に感化され、気持ちにも変化が出てきたようです。日本拳法で培ったセンスと、素直な性格でめきめき上達。
昇段審査では、型、組手ともに抜群の内容で昇段を果たしました。学生部の中心として今後の活躍に期待しています。


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~心技体を磨き、日々精進していきたい~

 僕が道場を訪れたのは、まだ入門していない頃、すでに入門していた家族の練習について行ったのが最初でした。
先生方や先輩方に話しかけられても、話をすることもせず、顔さえ見ずにマンガばかり読んでいたような気がします。

当時は日本拳法を習っていたし、お互いに直接殴りあうことに抵抗を感じていたので、自分が極真空手に入門するとは全く考えていませんでした。しかし結局、色々な事情があり入門することになりました。

 そんな僕でしたが、昇段を終えて今までの事を振り返ってみると、たくさんの転機があったように思います。
普通極真空手を習っていると、大きな節目はおそらく昇段だと思います。
しかし、僕の場合は違っていました。正直に言うと昇段を終えても急激に自分の中身が変わったという気がしませんでした。
しかし、極真空手に入門する前と比べると自分自身が大きく変わり、特に「心」が大きく成長したように思います。

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最初は心の帯が何色にも変わりうる「白」という色でしたが、新しい技を覚え、考え方を学び、知識や経験を自分の中に吸収することで、「白」という色から「黒」という何色にも染まらない揺るぎない自分へと段階を経て自然と成長したように思います。

 心の成長の大きな源となったのは、昇級審査の筆記審査です。
メンタルタフネスや八正道、十善戒、そして道場理念など、筆記審査としてただ暗記するだけでなく、一つ一つの意味が心に染み込んできました。

どの内容も一般的には当たり前のように思いますが、良く考えてみると自分はそのような事ができていないと気付かされ、自分自身を見つめ直す機会ともなりました。
人としてやってはいけない事、やって当たり前のことなど、身近にありすぎて意識していなかった事に気付くことができました。

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 そして、この筆記審査の内容は自分自身の私生活を大きく変えました。
入門前よりもはるかに物事をポジティブに考えられるようになり、様々な出来事が起こっても冷静に考え、対処できるようになりました。

そして、自分の感情をコントロール出来始めました。
また、今まで苦手だった、人との関わり方も少しずつ上手になってきて自信もついてきました。
自分にとって嫌なことがあっても、それが自分自身を成長させる源であり、人格形成をしていく身近な素材だとも考えられるようになりました。

 このように、入門前から今まで心身ともに成長し、様々な角度から物事を見ることが出来るようになったのも、日頃から指導して下さる先生方や先輩方のおかげです。
試合や審査、そして普通の稽古の場でもたくさんのアドバイスをして下さいました。
これからも試合や昇級審査で学び得た事を軸として、心技体を磨き、日々精進していきたいと思います。



[ 2012/06/18 15:00 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(2012年03月04日)

入澤樹 (いりさわたつき) 西大寺道場

2012年3月4日昇段
中学3年生
2009年10月8日入会(空手歴5年)
 
4年生の時に空手を始める。小柄ながら、切れのある突きとタイミングのよい上段の蹴り技、フットワークもよくバランスのいい組手をしています。昇段(2次)審査の時は、肩を痛めてしまったものの、闘志あふれる組手を見せてくれました。時間があるときは、少年部の指導の手伝いにも来てくれるなど、真面目な稽古姿勢と合わせて、後輩のよき見本となってくれています。

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初心を忘れないよう一層稽古に励む

僕は小学校四年生の時に父の勧めで空手道場に入門しました。僕は、稽古に積極的に行きどんどん空手にのめり込んでいきました。試合にも進んで参加し、帯の色も変わっていき自分に自信がつきましたが、試合では体格の差で負けることが多くありました。

だから、僕は筋肉トレーニングや、階段ダッシュ、体力トレーニングなどをしました。すると、練習で負けていた人にも勝てるようになってきました。僕が諦めずに自主トレーニングが出来たのは家族のおかげもあるけど藤島師範が毎週配っている一言用紙のメッセージのおかげでもあります。

「勝負は戦う前に決まっている。万全の準備をした者が勝ち、し損ねた者は敗れる」というメッセージです。僕はそのメッセージを忘れないように自主トレや稽古に励みました。茶帯になり、僕は初段になるという目標をたてました。

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僕は行動から示そうと思い、先生の話をいつも以上に聞き自主トレもしました。僕はガードを下げる癖があり、藤島師範と組手をすると、上段やレバーなどに技をもらい、自分の甘さを知りました。

少年部にも参加させていただき指導もしました。指導をしていく中で自分自身が出来ていない所など小さい子達に指導しながら自分でも再確認することが出来、より一層自分を高めていけると思いました。ある時藤島師範に、「なんか変わってきたな。」と言われ、すごく嬉しかったです。

そして、藤島師範に今度の昇段審査を受けてもいいと言われました。一次審査は型でした。結果は、レポートを書き直すことでしたが、型は認められたんだと思い嬉しかったです。

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二次審査は組手でした。僕はいつも以上に自分を追い込みました。審査当日はコンディションも良く、自分の力を出し切ろうと自分自身のテンションを上げていきました。しかし、ダミーミットで肩が上がらなくなってしまいました。そんな状態での組手だったので昇段審査は受からないと思っていました。

1週間後結果を見ると受かっていました。すごく嬉しかったです。家族もとても喜んでくれました。父親にも、「おめでとう。でも、武道は初段からが大切なんだよ。これからが、本当の武道だと思って稽古しなければいけないよ。」と教えてもらいました。

そのことを忘れないように初段の自覚を持ってもより一層稽古に励みたいと思います。
初段になれたのは先生方や家族、先輩や後輩のおかげだと思います。初段として恥じないように頑張っていきます。これからもご指導の方をお願いします。



[ 2012/05/25 16:25 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)

昇段レポート(2012.03.04)

高橋龍斗 (たかはしりゅうと) 野田道場

2012年3月4日昇段
所属:野田道場
高校1年生
2005年4月13日入会(空手暦7年1ヶ月)


小学3年生の時に、野田道場に入会(後に弟・姉・妹も入会)。 入会したばかりの頃は、意欲も低く、なんとなく来ているという感じでしたが、緑から茶帯になるころに、色々な道場に通いはじめ、意欲が高まってきました。現在は、野田、十日市、岡南、玉野の少年部で補助指導員として後輩をリードしてくれています。

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~空手の素晴らしさ、仲間の大切さ、人間性を高めることを伝えていきたい~

 僕が入会したのは、小学校3年生になった春でした。母が、新聞の広告に入っていた野田道場オープンのチラシを見つけ、教えてくれた事がきっかけでした。
父も中学まで空手を習っていて、子供が出来たら一緒に習うのが夢だったそうです。ただ、その数年前に事故で足に障害を負い、片足で踏ん張ったり出来なくなり、諦めたそうです。

野田の見学会に行き、父は僕の入会を決めてしまいました。僕自身は正直、「遊ぶ時間がなくなるし、嫌だなぁ。」と、思っていましたが、父の言うことは絶対で拒否できませんでした。「中学生くらい迄には、黒帯を取って欲しいなぁ。」と、父の僕への期待が大きくて、もの凄いプレッシャーを感じていました。
最初は週1回の稽古も嫌々だったのに、2ヵ月 後には当時4歳の弟が入会し、ますますやめられない状況になりました。

そのうち、稽古の際に同い年の色帯の人達が最前列で稽古していたり、先生と空手の話をしているのを見て、“僕もあんな風になりたいなぁ”と、思うようになっていき、一生懸命稽古して帯も上がっていきました。
しかし、小学生の頃僕は、試合ではほとんど勝てませんでした。特に女の子には、最後の試合で1度勝った以外に記憶がないくらいに負けていました。何故なら小さい頃から父に、「女の子には絶対に手を出してはいけない!」と教えられており、実際ふざけて女の子にケガをさせてしまった時、逆に学校の先生や相手の親御さんから止められる程、烈火の如く叱られ、それ以降、女の子には手を出せなくなり、試合だと解っていてもつい消極的な試合になってしまっていました。

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中学に入り、部活をどうするか悩みましたが、あれこれ一度にこなせる程器用ではないので、空手1本に絞ることにしました。すると今度は母から、「何事も経験。させてもらえる事は何でもさせてもらいなさい。いい勉強になるから。」と少年部の手伝いに行く様に言われました。

当然、最初は何も出来ず、オロオロするばかりで、いつも先生に叱られていました。でも、僕は小さな子達の面倒を見る事は嫌ではなかったし、教えていた子が昇級したり、試合で勝ったりすると、心から喜んでいる自分に気付いていました。
そんな中、まわりの友達が次々と黒帯になっていきました。「自分にはまだ無理だよなぁ。」と、思っていた中学3年になる春でした。父が大病を患ったのです。母からは、「何時、何が起きても不思議ではない。覚悟はしときなさい。」と言われたのです。

“僕の出来ること、父の喜ぶことは何か?”“母を支える、弟達を守る”それが僕に出来ること。“試合で結果を残す。そして何より黒帯になる事”それが父の喜ぶこと。
中学生のうちに黒帯になることを目標に稽古に打ち込みました。試合では徐々に結果が出始めましたが、昇段審査を受ける許可は中々もらえないままでした。

その後、夏頃には父の体調も落ち着き、「このまま治ってしまうかも。」という程になっていて、どこかで「あせらなくてもいいや。」と自分の都合の良い様に言い訳し、努力を怠っていました。そんな時、母から「お父さん、早よう黒帯になった所を見たいって。あんまり時間無いよ。」と言われたのです。


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それから僕は、冬季の審査会を受けられるよう、必死で練習しました。幸い許可を頂き、当日は父も来てくれました。しかし、あまりの緊張の為、先生から何度も注意を受けていた所を直せていなかったのです。自分の不甲斐なさに情けなくて自信は無かったのですが、条件付きで合格を頂けた時はホッとしたのと同時に今迄以上に稽古しようと思いました。

しかし、受験と重なり思う様にいかず、イライラしていた時期もありました。そんな時両親は、「龍斗なら大丈夫。足りないのは自信だけだよ。」と、常に励ましてくれました。特に父は自分自身が病気で大変なのに“大丈夫、大丈夫”と元気をくれ続けました。

二次審査当日、父は状態が悪く会場に来ることはできませんでしたが、出がけに「自信持って行け。大丈夫、合格できるから。精一杯頑張ってこいよ。」と、笑顔で送り出してくれました。その言葉が僕に大きな力をくれました。結果は合格。僕が結果を知る前にメールで合格を知っていた両親は泣いて喜んでくれました。「絶対授与式に行くからな!」父はそう言って抱き締めてくれて、頑張ってよかったと心から思いました。

しかし、「絶対授与式に行く」という約束を果たせないまま、春季交流試合の5日後に父は亡くなってしまいました。僕はものすごく後悔しました。なぜもっと早く黒帯を取る努力をしなかったのか。父に申し訳なくて悲しくて、生まれて一番というぐらいに泣きました。そんな時も、僕を気遣い叱咤激励してくれる先生や先輩方、それから空手を通じて知り合った仲間達。皆が居たからこそ僕は父の死を受け入れ、乗り越えられたのだと思います。

今僕は先生方について指導の勉強をさせて頂いています。これからは、自分の経験を活かし、空手の素晴らしさや楽しさ、人との出会いと仲間の大切さ、人間性を高めることを伝え、一緒に学んでいけたらと思っています。
最後に、軟弱だった僕をここまで、厳しく、時には楽しく指導してくださった先生方、的確な助言を下さった先輩方、切磋琢磨しあえた仲間達、いつも僕のことを考えサポートしてくれる母、そして何より、空手に出会わせてくれた父に心から感謝します。そして、これからも宜しくお願い致します。押忍


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[ 2012/05/23 15:30 ] 昇段レポート(学生部) | TB(0) | CM(0)