メール配信記録/稽古日誌 研究・考察








参考文書

●これが、あらゆる不調を解消する「魔法の呼吸法」だ!
http://diamond.jp/articles/-/91702

 

●足の速さは姿勢で決まる!足が速くなる姿勢をつくる3ポイント 
http://www.sakaiku.jp/column/exercise/2016/011738.html

スポンサーサイト
[ 2016/06/15 02:27 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

参考文書

日本の「型」=反復練習 ~繰り返し、続けることで身につける~
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=211094

  

心と型

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=211543

 


[ 2016/06/02 03:22 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

参考文書

●頂点を極めた人々に共通する「規則性」~非認知能力を養う
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=315764

 

 

 



[ 2016/06/01 04:30 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

参考資料

●スポーツ心理学から学ぶ、3つの成長エッセンス
http://u-note.me/note/47504927

●人生を変えたい時はイメチェンから。自分に良い風を吹かせるコツ - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2146378781060237001

●実現できる人は「備えるのではなく、適応する」人
 
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=315429





[ 2016/05/25 15:09 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

参考文書

正しい挨拶が体幹をつくる
http://www.sakaiku.jp/column/mental/2015/009288.html
[ 2016/05/10 16:34 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

武道理論

ZOE_8570_convert_20150609144438.jpg 
先の先

ネットからの引用です。…以下引用(るいネットより)



「名人」、「達人」は、『何かおかしい』という事を察知する能力が優れているといわれます。

その感覚を日々鍛錬しているのです。

「危機を乗り切る」、「課題に応える」には、後手ではなく、先手に切り替えること。

そのために重要なことは、『自分を守る』を一切廃すること。

…とのことだそうです。



普段、私たちは胆力のない人を「驚かされやすい人」「びっくりしやすい人」と考えている。
しかし、武道の世界では胆力についてもう一段深いところで考察する。

普段何か変化があっても、ついそれを見過ごしてしまう。
やがて、その変化が限界を超えていきなり身に降りかかってきたとき、一気にパニック状態に陥る。
そのようにして胆をつぶしてしまう人のことを「胆力のない人」と見るのだ。


(中略)


武道の世界で「名人」「達人」と呼ばれる人は判で押したような生活を送るものだという。
なぜかというと、日常生活のなかに起きる小さな変化を読み取る感覚を研ぎ澄ますことができるから。

東郷平八郎元帥は、あるとき道を歩いていて荷馬がいるのを見て、道の反対側にさっと回って避けたそうだ。
すると、そばにいた人が「武人のくせに、荷馬ごときを恐れるとは」と笑った。

しかし、東郷元帥は「どんなおとなしい馬でも、何かのはずみで狂奔するかもしれない。
道を迂回すれば、無事を保てる。
荷馬に蹴られて務めに支障が出ることこそ、武人の恥ではないか」とすましていたという。

「逸話のなかでは触れられていませんが、東郷元帥が歩いていたのはいつもの通り道で、毎日その荷馬を見ていたのでしょう。
そして、そのときは荷馬が異常に汗をかいていたり、周りにアブが飛んで嫌がっていたりしたか、いつもとは違う雰囲気であることを察知して、危険を回避したのだと思います。

一度も負け戦をしたことがなく、『運のいい男』と評された東郷元帥ですが、そうした変化を察する能力が、きっと数々の戦に活かされていたのでしょう」と某大学の教授は見ている。

この東郷元帥のように、身に災いが降りかかる前に変化を察知して身を処することを、武道の世界では「先の先」という。
一方で胆力のない人が変化を見過ごし、最後に胆をつぶして居着いてしまうのは「後手」に回っているからである。

 
(中略)


自分を守ろうとすればするほど、相手の出方を窺って後手に回ってしまう。
武道の稽古は、「守るべき私」を廃する道でもある。

「こんなことがなければ」「あいつがいなければ」という気持ちは、その守るべき自分から発せられている。
そうした気持ちを振り払い、後手から先手に切り替えられれば、危機的場面も打開することができるはず。
それを武道の世界では「先の先」という。 



(引用終わり)



指導中、話を聞いてないで行動出来ない子供がいたら「注意力」が足りないといいます。

技が上手でも、変化する周囲の状況を察知できなければ、身を守ることも出来ません。

組手では、色々な人とスパーリングをしたいと言いますが、

同じ人とスパーリグをした方が感覚が研ぎ澄まされるように思います。

伝統基本稽古も同じことの繰り返しですが、それが、とても意味のある事のようです。




[ 2014/06/09 16:36 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

生きる力

ZOE_7689_1_convert_20150501134307.jpg 
生きる力

●情報サイト(るいネット)からの引用です。(一部編集)

本来、子どもたちが、たくましく生きる力を身につけるために必要なのは、たくましく生きているお手本となる大人を見ることではないでしょうか。

大人たちに「生きる力」がみなぎっていれば、子どもたちは自然にそれをまねて、自分のものにしていくのではないかと思います。

今、ことさらに「生きる力」が足りない、「生きる力」を身に付けさせなければいけないといわれているということは、「生きる力」を備えた大人が少ないということではないでしょうか。

 「これからは英語が必要だ」、「ITリテラシーも必要だ」、「偏差値よりも思考力だ」、「ディスカッションやディベート能力がないとこれからのグローバル社会では生きていけない」などと、大人たちは自分たちの未来予測に基づいて言います。

しかし、その未来予測が外れたら子どもたちが生きていけなくなるであれば、それは本当の「生きる力」とはいえないはずです。

「生きる力」という言葉には、「どんな世の中になっても生きていけるための力」という意味が込められているはずです。

英語が喋れる、プレゼンがうまくなる、コミュニケーションがとれる、というのはあくまでその結果に過ぎません。

大昔においては、狩猟のスキルが生死を分けました。

農耕のスキルが最重要だった時代もあります。

戦いのスキルが求められた時代もありました。

そして現在は…。時代によって、生きていくために必要なスキルは変わります。

しかもその変化は現在加速度的に速くなってきています。

つまり、未来予測は大変困難。

「生きるためにこれとこれが必要だ」と教えてもらうことでは「生きる力」は身に付かないのではないかと思います。

その場その場で自分が生きていくうえで必要なものを自分で見極めて、

どうやったらそれを手にすることができるかを考え、

そのための努力を続けることができる力こそが

「生きる力」の正体であるといえるのではないでしょうか。

中略…

例えば、小さいころから英語を勉強して、

流暢な発音を身に付けることが「生きる力」になるのではなく、

英語が必要だと感じればただちにそれを習得し、

中国語が必要だと感じればただちにそれを習得することができる

力を携えさせることこそが「生きる力」になるのだと思います。

今の教育議論は、「子どもに何を教え授けるべきか」がばかりに終始しているように思います。

教育とは本来、どんな世の中になっても生きていけるための力を子どもたちに携えさせていく営み。

それ以上でもそれ以下でもありません。

「生きる力って何ですか?」という問いと向き合うことで、

そのことが再確認できるのではないでしょうか。

教育に向きあおうとしたとき、「本気で生きる力を与えたい」と考えることが、

現在の大人に求められていることではないでしょうか。

[ 2014/06/06 15:41 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

姿勢が良い子は勉強も出来る

2+-+郢ァ・ウ郢晄鱒繝サ_convert_20150415144018_convert_20150421124923
姿勢が良い子は勉強も出来る

以下…ネットからの情報です。


姿勢が良い子は勉強も良くできる。…なぜか?

まず脳の働き、仕組みからお話しましょう。


●脳が消費する血液の量は、全身を流れる血液量の約20%

●脳が消費する酸素の消費量も全身の消費量の約20%


脳は酸素とブドウ糖をエネルギー源として働きます。

つまり、この量が少なくなると言う事は、脳が働いていないと言う事です。

猫背になるとどうなるか?

全形姿勢になり頭が垂れて、頭の重みで、首の筋肉や血管・神経が伸ばされます。

伸ばされて血管が細くなるので、血流量が減り、脳へ行く酸素やブドウ糖の量が減り、

脳の活動が低下してきます。(姿勢が悪くて勉強を始めるとアクビが出るのも、脳が酸素不足を起こしているからです。)

つまり姿勢が悪い時点で、脳の働きが低下しています。

また姿勢が悪いと、内臓にも悪影響を与えます。背筋がピンと伸びた状態だと、内臓も正しい位置、正しい形を保持する事ができますが、

猫背だと内臓が骨盤の中へ押し下げられ、肺も圧迫され呼吸も浅くなり新鮮な空気を取り入れる能力が低下してきます。

ですので、内臓や肺が動こうとすると無理がかかり、正常な場合に比べて何倍も働かないと同じ仕事をする事ができません。

また内臓にストレスもかかってきますので、イライラして交感神経優位になってしまい、内臓も脳もリラックスした状態ではなくなってきます。

つまり勉強に集中できなくなって来ると言うわけです。

また内臓も動く時にはエネルギーを消費します。

つまり姿勢が悪いと、正常な場合に比べて、同じ働きをするのに何倍ものエネルギーを使いますので、すぐに疲れてしまいます。

また体の中では、酸素とブドウ糖をエネルギーとして二酸化炭素と乳酸(疲労物質)が排泄されます。

二酸化炭素は肺、乳酸は肝臓で分解・処理されますが、猫背だとその老廃物を運ぶ血液の流れも悪くなり、更に肺や肝臓の働きも抑制されてしまうため、更に疲れやすくなります。

動物は寝ている時、副交感神経優位になり、内臓を活発に働かせて、老廃物の処理をします。

ですので、姿勢の良い人とそうでない人が同じ睡眠時間を取っているとしても、姿勢の悪い人は処理能力が低いので、翌朝起きた時に疲れが残っており、それが繰り越されて蓄積されてきます。

===========================

姿勢が悪いと、脳への血液循環が悪くなり、しっかりと酸素が行き渡らない。

しっかりと良い姿勢だと、血のめぐりも良くなり頭が良く働いて集中できる。

だから正しい姿勢で勉強すると成績があがる。


●…転載終了
[ 2014/06/04 12:56 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

セルフイメージ

ZOE_6866_1_convert_20150408134131.jpg  
セルフイメージの拡大 …可能性の追求
私たちは知らず知らずのうちに自分自身に枠をつくっています。

上達、成長とは自分のセルフイメージ(自分自身が認識する自分の能力)が広がることです。

他人の評価ではありません。

つまり自分が作っている枠を、自分の意志と行動により乗り越えることです。

強い自信、意欲、心の準備と集中、プレッシャーへの反応、失敗からの立直りなどは実体験とイメージトレーニング、優れた人物を手本にすることや関連書籍を読むこと等で変わっていきます。

道場での体験を通じて「なるほど」と感じたり「わかってきた」と気づき納得する。

こうした経験を積み重ねていくと、能力や性質、或いは出来そうだと感じるセルフイメージ(自己像)が拡大していきます。

セルフイメージが広くなれば、多少困難なことでも意欲をもってチャレンジしていくようになります。

アスリナの道場では、武道修練の意義としてあげられる、心身の鍛錬の他に、指導者や先輩からの直接的な指導や感化(成長のモデル) 、仲間との人間関係など、学校や普段の生活では得られない様々な体験を通して人間的な成長を目指しています。





[ 2014/06/03 14:29 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

マネジメント能力

DSCN0010_convert_20150408132448.jpg  
マネジメント能力 
主体的行動
どんなことでも自分を向上させたいと願うなら、イメージ(何を目指しているのか)、そして計画(いつまでにそこへたどり着くのか)という目標設定が大切です。

自分自身で適度な目標を設定し課題をクリアーしていくという行動は、すべての運動や勉強、そして人生に応用することができます。

また、私達の道場では指導者から習ったことを忠実に行って競技試合で勝つことが素晴らしいこととは考えていません。

それよりも、自分で考えて行動し失敗や成功を経験することの方が成長という観点からは有益だと考えます。

成功体験だけでなく失敗体験もなければ、問題解決能力や次へのチャレンジ精神が身につくはずもありません。

日常生活で例えば、ジュースをこぼしてしまったら、こぼしたジュースの片づけ方を学習します。

次に、こぼさない飲み方、注ぎ方、コップに入れるジュースの量などを考えるようになります。

喧嘩をすれば、相手に対しての気持ちの持ち方や解決方法を相手とのやりとりの中で学んでいきます。

転んで痛かったら、次からは転ばないように自分で注意するようになります。

私たちの道場では、目標設定の方法を学びつつ、道場での経験を通じて受け身ではなく、主体的に物事を考え、行動し自分自身で人生を切り開いていけるようサポートしていきたと考えます。



[ 2012/11/26 15:04 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

コミュニケーション能力

 ZOE_6270_1_convert_20150408134430.jpg
コミュニケーション能力  
自己表現と他者への理解
 
人の話をよく聞き、自分の考えを伝える…ということがコミュニケーションの基本と言えます。

そのような態度(スキル)を育むことも必要ですが、コミュニケーションとは、言語だけではありません。

相手の表情や態度、仕草などから、相手の気持ちを察することも必要だと思います。

道場稽古では、まずは姿勢を正して、指導者の説明を真剣に聞く態度を養います。

そして先輩の真似をしながら、やがて自分で考えて稽古を行うように導きます。

技や意識がまだ未熟と思われる段階でも、後輩に対して規則や技の指導をします。

自分よりも未熟な人を指導するという経験により、自分がもっているイメージを、言葉や行動で表現するという訓練になるからです。

また、まだ出来ないことがある(未熟な)後輩と接することで他人の気持ちが理解できるようになるとの考えの下、道場稽古を進めていきます。





[ 2012/11/05 13:44 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

体験学習

 ZOE_6478_1.jpg
実体験による学習 …成功と失敗
私達の道場では体験(稽古、審査、試合、指導)により、心と身体を鍛えるだけでなく人間関係を通じて心の成長をはかるというテーマにしています。

多くの偉大な先人たちが口を揃えて言うように

人には成功体験だけでなく、失敗体験も必要だと考えます。

空手で言えば試合での勝利や、昇級や昇段といった体験だけでなく

目標としていた事が叶わなかったという体験も、何かに気づき、何かを学ぶ切っ掛けになると思います。

道場の理念(目的)を要約すれば…徳育(などの教示)により見識を高め物事の判断力を養うこと。

稽古(昇級・昇段・試合)という手段(目標)を使って、前向きな努力を行い、心と体を鍛え将来は誰かの役に立つ人間に、或いは周囲に良い影響を与えることの出来る人になることです。

道場だけでなく、日々の生活における成功や失敗体験など結果を受け『今、この場』で出来ることに全力を尽くすという心理的な対処方法を学んでもらいたいと考えます。


[ 2012/10/22 14:02 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

生活の心得

 09_convert_20150415141802.jpg 
生活の心得
昇級昇段、競技試合出場といった目標は日々の稽古を意欲的に行うためには有効ですが、日常生活(人生)では、挨拶や返事、後始末といった生活習慣や考え方の方が大切です。

また、試合においても勝つためには自信が必要だと言われます。

地道な稽古を積み重ねていくことは確かに必要ですが…自分を信じるには、自分は出来るという成功体験を数多く積み重ねることが必要です。

人は日々の生活の中で行動する(出来る)、行動しない(出来ない)という
判断を数多く繰り返しながら、人格を作っていきます。

稽古で妥協しなくても、残り大部分の生活で、人との約束や時間を守らない、勉強やお手伝いや身の周りの環境を整えることなど、本来は出来ること、やるべきことをしない。

また自分の言動で他人を不愉快にしてしまい、人間関係がうまくいかない。

といったことを繰り返しているようでは、心の強さにはつながりません。(どこかで妥協する弱い自分を知っているからです)

道場で指導しているのは…

 ①姿勢・表情

 ②挨拶・返事

 ③言葉使い

 ④身だしなみ

 ⑤作法(所作)

 ⑥生活習慣

 ⑦お手伝い(奉仕活動)

 ⑧行動(体験)



…の8項目です。

私たちの道場では、決められた規則(ルール・マナー)を守ることで、自分の心身を律するという習慣を身につけ、各自が実際の生活(家庭・学校・人間関係)にも活かせるよう導いていきたいと考えます。



[ 2012/09/04 15:20 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

手技による顔面有りの攻防技術


IMG_0292_convert_20150526111615.jpg 

手技による顔面の攻防

イザという時に守っておきたい部位といえば、真っ先に顔面や急所を思い浮かべるはずですが、競技試合に勝つことだけを目標にしてしまうと競技に特化した技術(競技にしか使えない技術)しか練習しなくなります。

一般的に行われるフルコンタクト(手技による顔面攻撃が禁止)の競技ルールに慣れてしまった場合の弊害と言えば…

 ①顔面の防御(意識)が疎かになる

 ②距離感(間合い感覚)が鈍くなる。…本来は組技の間合いでの打撃。

 ③スタミナやパワー重視に偏ってしまう。…俊敏性・判断力の習得が疎かになる。

 

…等です。


道場では安全のために競技という形式では顔面の攻防は行ってはいませんが、用具や組手方式など様々な工夫をし、護身技として有効と思われる技術の追及と合わせて、顔面あるいは急所への攻撃を常に意識しながら稽古を行いたいと考えます。




[ 2012/07/18 16:33 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

指導体験

 ZOE_3783_1_convert_20150415142055.jpg
指導の体験とその意義

道場では、幼年から小学生の低学年といった、技術的に、或いは人としても未熟な段階の生徒でも、昇級や進学等で立場が上になったら、後輩の指導や面倒を見る機会を設けています。

技術的な面でいえば、相手の未熟な技を見る(感じる)ことで、正しい動作や形を認識できるようになるというメリットがありますが、それ以上に、後輩を指導するという稽古体系は、社会性の獲得に有効だと考えます。

子供は本来自己中心的でわがままな存在なので教育の初期段階で下記の2つの要素の獲得が必要だと考えられています。それは…


 ①自分の感情をコントロールして自己中心性(わがまま)を取ること

 ②相手の立場になって考え、人のことを思いやることができること


…等です。

年下の子供の立場からいえば「不安な時」や「つらい時」に、優しく声をかけられたり、色々なことを教えてもらうという体験により、人を信頼し、やがて人にも優しくなれること。

そして、道場のルールや稽古と休憩などケジメを少しずつ覚え、 自分の欲求(わがまま)が必ずしも通らないという体験を繰り返して、我慢を覚えていきます。

先輩は、年下の子の指導をしたり、世話をするときに、相手のわがままな面にぶつかると、自分のこれまでの行動を振り返り、周囲の人に、どんな思いをさせていたかに気づくことができます。


ZOE_1368_1_convert_20151207103927.jpgZOE_1568_1_convert_20151207103336.jpg 
記憶に残る勉強法とは?「教わる」より「教える」こと

学級通信のネタ365日よりhttp://mikaduki2.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/103-9fc8.html

 

教育を受ける子どもにとって、教わることで頭に入ってこないとしたら、教える立場になれる場や機会が必要になりますね。講義型授業の限界がそこにはあります。

私たちが学ぶ方法には、いろいろな方法がある。学習方法と実際に学んだことがどれだけ記憶に残っているかを調べた研究がある
。例えば、次にあげた学習方法の中で、どれが一番学んだことが記憶に残る方法だろうか。。

@学習内容を耳で聞いたとき
A学習内容を目で見たとき
B学習内容を耳で聞いて、目でも見たとき
C学習内容について話し合いをもったとき
D学習内容を体験したとき

君たちはもう察しがついたかもしれないが、後にあげたものほど記憶に残りやすい。もっと詳しく説明してみよう。
君たちにあまりなじみのないスポーツである「カーリングのルール」を学習すると仮定してみる。

@の「聞いたとき」というのは、カーリングのルールについて、先生がしゃべるのを聞いているだけなのである。これでは10パーセントしか記憶に残らないというのだ。

Aの「見たとき」は、カーリングのルールについて説明した映像を見るだけである。これも15パーセントしか記憶に残らない。

Bの「見て聞いたとき」は、映像を見ながら先生が説明もしてくれるのだ。これは20パーセントになる。

Cの「話し合ったとき」は、グループで話し合いながらカーリングのルールについて学ぶ方法である。これはちょと上がって40パーセントになる。

Dの「体験したとき」とは、カーリングという競技を実際にやってみるのである。そうするとルールが記憶に残っている量は、ドンと跳ね上がって80パーセントになるそうだ。まあ考えてみると、実際にゲームをすればルールを覚えるということに異議のある人はいないだろう。

ところが、Dの自分で実際に体験してみることよりも、もっと記憶に残る方法があるのだという。それは何だと思う?

それは「人に教えること」なのだ。この方法だとなんと90パーセントも記憶にとどまるのだという。もし君がカーリングのルールを、今度は後輩に教える役目を果たすと考えたらどうだろう。後輩に教え終わった後は、ほとんどルールを覚えているはずだ。

私たちの中学校では、これから先「学び合い」で学習する時間がどんどん増える。


授業中に友だちが分からないところを自分が教えてあげる、という機会が多くなるだろう。教えてあげるのは、友だちのためにやっていることではある。しかし、それはまた自分のためにもなるのである。


『効果
10倍の<学び>の技法』吉田新一郎(著)岩瀬直樹(著)より

ZOE_1426_1_convert_20151207103703.jpgZOE_1550_1_convert_20151207103442.jpg
 

 

[ 2012/07/13 14:13 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

稽古中の笑顔

 ZOE_4931_1_convert_20150415142137.jpg
 稽古中の笑顔

空手(武道)の稽古というと、競技試合で勝つために厳しいトレーニングに打ち勝ち、それが自信になり試合という舞台の上でも堂々と戦うことができる。

だから稽古中の笑いなどは不謹慎などと思われているようです。

では笑顔は、心を強くするためには邪魔なのでしょうか?

私たちの道場での稽古は(on・offのメリハリのある)楽しく出来るよう工夫されています。

道場内のルール(礼法やマナー)の指導は厳しくしてはいますが、稽古中は指導者も笑顔を心がけ、生徒の笑顔も多いと思います。

笑顔の多い生徒は実力の向上も早いようです。

それは何故でしょうか?



●形から入り心に至る

心には形はありませんが、姿勢を正し表情を引き締めることで、自分の心を律する(コントロール)という古い教えがあります。

同様に人は(表面だけでも)笑顔になることで、楽しいという気持ちになり集中しやすくなります。

脳内では楽しいと集中はまったく同じ部分が使われるそうです。(脳内:笑顔=楽しい=集中)

稽古は「楽しそうだ」から入り、意味を知り集中することで効率よく上達し、もっと上手くなりたいと意欲的に稽古を行う。

そして目的や目標を各自が見つけることによって、困難なことがあっても前向きに笑顔で乗り切っていく。

そんな行動の仕方を学んでもらい、人生にも応用してもらいたいと考えます。






[ 2012/07/11 16:20 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

集中力

 ZOE_6120_1_convert_20150415142326.jpg 
まずは集中力
集中力は、スポーツ、勉強、仕事などの人間活動において、もっとも重要な能力といえます。
人は集中すると今まで経験した全ての情報(体験・知識・感覚)を瞬間的に取り出せるよう直観・ひらめきが働き驚異的な能力を発揮します。
集中したとき人の脳内にはアルファー波が伝播し次のようなことが起こります。


 
 ①心身のエネルギーが増大する

 ②直感やひらめきがさえる

 ③楽しくなる

 ④意欲がわく

 ⑤動きが速くなる

 ⑥記憶力がよくなる


これらは武道やスポーツだけでなく、勉強にも効果があることが理解できると思います。
反対に恐怖心をあおって稽古していると、あきらめの状態で(しかたなく)稽古することになります。

その時脳内では①~⑥の反対のことが起こります。

結果的に、ネガティブな面(失敗のイメージや心配ごと)ばかりに意識が向き、苦しい、つらい、痛いなどと言って意欲を失い、最終的にはバーンアウト(燃え尽き状態)になります。



空手も勉強も、まずは集中することが大切ですね。


[ 2012/07/11 14:05 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)

成功の定義


2+-+繧ウ繝斐・_convert_20150415144018 
成功の定義(成長)
競技試合における勝利を目指すことや昇級昇段という目標は日々の稽古を意欲的に行うために有効な手段といえますが、IBMA極真会館 岡山支部ではもっと大局的な視野から、道場の運営や稽古指導を考えます。

私達の道場の指導員と生徒が共有する成功とは、競技試合の成績や(メディアをはじめとする)他人の評価ではなく、人間としての成長です。

競技試合で優勝できなくても人として成長することは可能ですし、試合で優勝しても昇段してもなにも学ばないという人もいるかもしれません。

昇級や昇段の認定に於いては、もともと持っていた才能で「良」という評価を得た人より、才能や時間のない人が一生懸命努力を重ねベストを尽くし「可」という評価を得た人の方が評価されるべきだと私たちは考えます。



有名なアメリカのバスケットボールのコーチが言います。…


成功とは自分がなれる

最高の状態になるために

出来る限り頑張ったと

満足できる心の平和のこと



人より優れた人になろうとしてはいけない。

…あなたが、人より優れているかを判断するのは、他人の役割だから。

ですが、最高の自分になる努力を決してやめてはいけない。

自分の成功のレベルを判定できる唯一の人間は自分自身だけです。

そこから発生するもの…たとえば得点、トロフィー、優勝、名声などすべて副産物です。

成功の条件は自己ベストに到達するよう努力することであり、それは自分次第でどうにかなることなのです。



●参考文献…まじめに生きるのを恥じることはない/ジョン・ウッデン

道場では、相対的な強さを目指すのではなく

「自分の可能性を信じ挑戦する人」を育成していきたいと考えます。




[ 2012/07/10 15:00 ] 研究・考察 | TB(0) | CM(0)