IBMA極真会館 岡山県本部  道場理念








道場理念

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道場理念

 
心を磨き人格を高め、

人としての正しい心のあり方と

生き方を求めると同時に、

自らの無限の可能性を追求し

人と社会のために生きることのできる、

高い人間性を養うこと。


【解説】

武道、徳育、礼法の学びを通して、心と体を鍛え、人としての正しいものの見方、考え方、明るく前向きに生きるための人格(理性)を養うこと。
また、人として正しく生きるための知識と知恵、人徳を養うと同時に、自らの無限の可能性を信じて努力精進し、身近な家族、友人をはじめとする人間関係を大切にすると共に、地域社会の平和と秩序を守り、人と社会に良い感化を与えることの出来る高い人間性(人格)と人間力(生きる力)を養うこと。



~真の武道人育成をめざして~
当道場は平成25年4月より、IBMA(国際武道人育英会)・極真会館岡山県本部として活動しています。

現在の武道、スポーツの世界は、競技での勝利を目標に、夢や希望を持って努力することの大切さや、それに伴う心身の鍛練により、健全な肉体と精神を養うことを一番の目的に掲げています。しかし、先般の柔道競技におけるオリンピックの金メダリストの不祥事などに見られるように、今まで通りの武道教育で充分だろうかという疑問が湧いてきます。

なぜ、多くの武道、スポーツの指導者や成功者が過ちを犯すのでしょうか。それは、夢や目標を達成することに重きを置く偏った指導が問題なのではないかと考えられます。これは法律で裁かれる問題ではありますが、根本的には人格と人間性の問題です。人間(教育者、武道家)としての心のあり方や考え方が、間違っていることが大きな問題なのだと思います。

それは、目標、成功を目指すと同時に、人間性を高めることを疎かにしていたことが、大きな原因だと思われます。 世間一般には、勝者、成功者、有名人、為政者イコール人格の優れている人間であるかのごとく誤った認識があるように、本人も勘違いしてしまったのではないかと思います。現在の武道やスポーツの世界では、人格を高め人間性を養う具体的な指導や取り組みはありません。

多くの皆さんは、本来、人間として強くなりたい、自分に自身がもてるようになりたいと、いう気持ちで、武道やスポーツを始めます。道場の稽古や競技会を通じて身体を鍛え、気迫、勇気、集中力や忍耐力といった精神力を養うことは可能です。しかし、人間としての成長を考えた時に、人間としての「正しい心のあり方と生き方」を学び実践していかなくてはいけないのではないでしょうか。

その具体的な学びの一つが「徳育」です。国際武道人育英会・岡山県本部のテーマは「文武両道」です。「武道」と「徳育」を両輪とした新しい形の武道団体(道場)として、道場運営、稽古指導を行っています。武道の修練によって精神と肉体の鍛練を行い、徳育を通じて、人間としての「正しい心のあり方と生き方」を学び実践すること。「真の武道人」育成をめざす武道団体(道場)として活動していきたいと思います。

国際武道人育英会 
極真会館 岡山県本部



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道場の精神


道場の精神は「武道」と「徳育」を通じて仁徳を養うことにあります

 ※仁徳とは嘘偽りのない正直な心と思いやりのある心


①武道による心身の鍛錬…護身・健康・気力の増進

武道修行の目的は、技を磨き気力と体力を養うことです。稽古だけでなく、昇級昇段審査会、競技試合などは修練の成果を試す場としてだけでなく、自分を見直すきっかけとなります。

武術修練により、日々の生活にある種の目標が生まれ、やがて、生きる目的を見つけるきっかけになるかもしれません。また、道場での稽古や人間関係を通じて誠実、礼節、勇気、克己心等を意識する機会が多くあります。

稽古することで心身の健康を得て、人と人との相互理解や物事への意欲、自主性、判断力を養い生活習慣を整えて働く喜びを知る事。稽古やイベントを通じて人としての成長を感じてもらい、本当の感動を味わってもらいたいと思います。

様々な体験を通して出来上がる内面の強さは他人への思いやりに変えていくこと。そういった日本古来より存在した精神文化を道場で示すことで微力ながら地域社会に貢献したいと考えます。


②徳育による人間形成…礼節・倫理・道徳

道場では、挨拶や返事といった礼節の基本をはじめ、道徳や倫理など徳性を養うための基礎的な知識を、「論語」の素読や「昇級昇段審査」の必修(学科)科目として仏教や儒教の教えにある、「正直で思いやりのある心」を養い、人としての正しい心のあり方、生き方を学んでいきます。

教示されたことを各自の実体験と重ね、人としての正しい考え方や生活の仕方等を考えるきっかけとしてもらい、指導者と共に人間的な成長を目指します。

仏教は安心して生活を送るための「心得」であり、論語は、自分自身の人格を磨く学問として、人生と社会生活をより良く生きて行く為の学びです。今一度、釈迦や孔子の教えが詰まった、「仏教」や「論語」での学びを通して、未来ある子供たちと皆さん一人一人の人間性を養う学びの機会となれればと考えています。


道場訓



 一、吾々は心身を練磨し
    確固不抜の心技を極めること

 一、吾々は武の真髄を極め
    機に発し感に敏なること

 一、吾々は質実剛健を以て
    克己の精神を涵養すること

 一、吾々は礼節を重んじ
    長上を敬し
       粗暴な振舞を慎むこと

 一、吾々は神仏を尊び
    謙譲の美徳を忘れざること

 一、吾々は知性と体力を向上させ
    ことに臨んで過たざること

一、吾々は生涯の修行を
    空手の道に通じ
      極真の道を全うすること



【解説】

一、道場稽古において心を磨き、体を鍛え、意志がかたくゆるぎない心と、
    確実で理にかなった正しい技を求め身につけること。

一、武道の奥義(深い境地)を求め、常に物事の機会に対して、すばやく反応できるよう心がけること。

一、飾らず毅然とした姿勢と態度で、自分の怠け心や欲望に打ち勝つ心を養うこと。

一、礼儀と節度を守り、目上(上位)の人を敬い、人に迷惑をかけるような行いはしないこと。

一、神仏を敬い、自然の摂理に従い、自らが霊性であることを自覚し、常に謙虚な姿勢と態度を忘れないこと。

一、知性と体力を養い人間性を高め、事に対して過ちをおこさないこと。

一、自らの人生を空手の道に通じ、武道家(人)として嘘、偽りのない正しい真実の道を求めつらぬくこと。
 

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道徳訓


  一、すべてのことにありがとうという
        「感謝の心」をもつこと

  一、まちがいを正しますという
        「素直な心」をもつこと

  一、みんなのおかげですという
        「謙虚な心」をもつこと

  一、すすんで自分がしますという
        「奉仕の心」をもつこと

  一、ともだちを大切にするという
      「思いやりの心」をもつこと

  一、困難なことにも負けないという
        「勇気の心」をもつこと

  一、最後までやりとげるという
        「信念の心」をもつこと

 


【解説】


●感謝の心相手の存在や物事の価値を認め、当たり前のことをありがたいと思う心

今の自分の生活の中であたり前と思っていることが失われることを想像してみましょう。
空気があり水が飲める、食事が出来る、平和な国に住んでいる。家や学校でお手伝いや奉仕活動をしてみましょう、誰かのためになることを率先して行うと、大変なことが解ります。それは普段誰かがしてくれていることなのです。人が親切にしてくしてくれたことだけでなく、厳しいことを言ってくれる相手や、そして自分を成長させてくれるキッカケとなる問題ごとにさえにも感謝していきましょう。


●素直な心私利私欲にとらわれることなく物事をありのままの姿で見る心

素直な心とは物事をありのままの姿を見ることのできる、自分の欲や都合(曇った心)にとらわれないことをいいます。様々な問題ごとに直面した時や判断に迷った時も、素直な心になっていれば、物事が客観的に見え、正しい判断することが出来、問題を最小限にとどめたり、逆によい方向にも進むことが出来るようになります。

●謙虚な心誰に対しても何事に対しても学ぼうとする心

人にはそれぞれ、良い点もあれば至らない点、気づいていないこと、知らないことがあるということを自覚し改めて教えてもらう、という心の姿勢が大切です。

何事も経験であり、勉強である、というような心がまえをもってすごしてゆけば、この世の中の一切の人、物、あらゆる出来事のすべてが、自分にとって貴重な教えとなり、勉強になっていき成長のヒントになっていきます。

●奉仕の心誰かのために見返りを求めないで尽くす心

奉仕という行為は、人に尽くすことでお金や時間には換えることの出来ない"人を喜ばせる喜び"という尊い体験をすることができます。親切な言動をして他人の心を少し明るくして得られる喜びは、何事にも変えがたい体験です。他人の喜びを自分のものとして感ずる、この蓄積が、自分という人間の存在価値に気づくきっかけとなり、それからの人生に大きな財産になることでしょう。

●思いやりの心相手の立場になって、よりよくなるよう考える心

気持ちが沈んでしまっている人に優しい言葉を投げかけるのも思いやりの心です。また、人の間違い(あやまち)に対して、善意を持って正してあげることも思いやりの心といえます。もともと人間は、互いに心を結び合って大切にしあい、生かしあい、許しあい、助け合って生きてゆこうという心を持っています。相手の立場になって考え行動すれば、みなが明るく幸せに生きてゆくことができるようになることでしょう。


●勇気の心恐怖心を抱いていても行動しようとする心

勇気とは、恐怖、不安、躊躇、あるいは恥ずかしいなどと感じる事を乗り越えていく積極的な心と態度のことをいいます。勇気とは恐怖心を克服することであり、物事が順調でない時でも粘り強く耐える心と態度のことをいいます。勇気は才能ではありません。臆病な人が自分自身に言い聞かせ、知恵をもって自らを励ますことによって、はじめて得られるものです。大切なのは、普段の生活の中でほんの少しずつ何かに挑戦しようという気持ちを持つことが大切です。

●信念の心決意したことを、困難な状況でも絶対にあきらめないで行動する心

人間は自分が信じているものになります。『出来る』と確信すれば、その目標が現実的なものである限り、どんな困難なことであっても、人はそれをやりぬきます。逆に『出来ない』と思えば、どんな簡単なことでも無理難題のように見え、人はそれをすることが出来ません。夢に向かって前進し続ける決意があれば、一時的な失敗はあっても障害を乗り越え、やがて思い描いた目標を手にすることができるようになるでしょう。

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論語の素読


●論語とは?

論語とは、中国の思想家孔子と彼の高弟の言行を孔子の死後、弟子達が記録した書物です。全10巻20篇499章で構成されているものをとくいく「論語」では皆さんに分かり易いように7つのテーマに分けて指導しています。


1善い生き方とは

2 学ぶことの大切さを知る

3 自分を磨くということを知る

4 理想の人間像とは(君子とは)

5 親孝行の大切さを知る

6 心をこめる大切さを知る

7 人との付き合い方と対話の仕方


●素読とは?

素読とは意味や内容を考えずに声を出して読むことです。日本では昔の寺子屋では盛んに行われていました。意味は分からなくても繰り返し声に出して読んでいるうちに漢文の美しいリズムが心に響き、体の奥に蓄積されます。やがて意味が分かり理解できるようになり、心に深まるときが来ます。人格形成に影響を与えるだけでなく、思考力や想像力、国語力の向上だけでなく、豊かな感性を育んでくれます。


●例 「書き下し文」


子貢問いて曰く、

一言にして以て

終身之を行う可き者有りや

子曰く、其れ恕か。

己の欲せざる所は、

人に施すこと勿れ。




●「読み方」


しこうといていわく、

いちげんにしてもって

しゅうしんこれをおこなうべきものありや。

しいわく、それじょか。

おのれのほっせざるところは、

ひとにほどこすことなかれ

(衛霊公十五-二十四)




●「現代日本語訳」

弟子の子貢がお尋ねして言いました。

一つの言葉で、死ぬまで心がけるべきことはあるでしょうか。

先生が言いました。

それは「恕」か、つまり思いやりだろうか。

自分がしてほしくないことは、決して人にもしないものだ。

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[ 2013/03/11 15:43 ] 道場理念 | TB(0) | CM(0)