渡邉 眞由 (水島) 

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Byblacksabbath1104

渡邉 眞由 (わたなべ まゆ) 

所属:水島道場
2011年12月4日昇段 
中学3年生(昇段時)
2004年5月20日入会(空手暦7年9ヶ月) 

     
妹さんの数か月後に入会、熱心なお母さんの影響で前向きに稽古に取り組み、順調に昇級。岡山県(ジュニア)大会などでも入賞を果たすなど組手の強さは折り紙つき。中学に入り、腰を痛めたため、しばらく運動は無理との診断を受けたものの、見学でもいいからと稽古に参加。みんなのサポートをしながら出来る稽古だけの日々を送っていました。その後、腰の状態も良くなり、一層稽古に励み、昇段を果たしました。

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~続けることの大切さを~
 私が空手を始めたのは、小学2年生の時です。きっかけは、先に入った妹の見学に行き、みんな楽しそうに稽古をしている姿を見て、私もすぐに、入ることにしました。週一回の稽古が本当に楽しみでした。
私は、小学校の時から背が高かったおかげで、試合に出て優勝することができました。少し図に乗って練習をさぼっていると、次の試合の時勝てずに悔しい思いをしました。その経験から、練習をこつこつする大切さを学びました。

中学に入っても空手を続けると決めていました。バスケと空手の両立で大変でしたが、どちらとも楽しく張り切っていました。しかし、中学2年の春、私は腰を疲労骨折してしまいました。
最初は稽古に行ってもただ見ていることしか出来ず、周りの人達が本当にうらやましかったです。

その時は、自分のことしか考えることができず、人を思いやる心を忘れてしまっていました。しかし、妹が昇段を目指し、大変な練習もあきらめず努力している姿を見て、苦しいのは自分だけではないということに気付くことができました。妹が昇段できたときは、自分のことのように嬉しかったです。
それから私は、前向きな発言や思考をもつように心がけました。空手ができなくても、積極的に声を出したり、みんなの動きを見て勉強することによって稽古に行くことがとても楽しかったです。

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しかし、腰が一向に良くならず、病院で検査したところ、今度はヘルニアになっていました。医者から、「もう空手はやめたほうがいい。」と言われた時はショックで頭が真っ白になりました。
どうして、自分ばかりけがが続くのだろうと悩んでいた時、道場でもらった今週の一言が今でも忘れられません。それは、「あなたに起こることはすべて正しい 大切な出来事の意味を理解するためには成長しなければならない」というものでした。
その言葉がきっかけで、「けが」という意味をきちんと理解するようになりました。また、リハビリに通い続けることによって、理学療法士になるという夢を見つけることができました。

そして、私が最も嬉しかったことは、藤島先生が腰に負担のかからない練習方法を考えて、私に教えてくださったことでした。それまでは腹筋や背筋しかできなかったのに、とても嬉しく、稽古が本当に楽しくなりました。
けがが治るまで1年以上かかりましたが、この期間で体を動かすことのありがたさを知れたのと同時に、将来の夢を見つけることができたので今では感謝しています。
けがから復帰した私は、すぐに昇段を目指すようになり、毎日2時間、型の練習に励みました。今まで見ていることしか出来なかったので、型の練習はとても楽しかったです。道場では、先生や先輩方が丁寧に指導してくださったので、昇段審査では自信を持って型をすることができました。
しかし、二次審査の予習のためにやった組手審査では、体力が無く途中であきらめてしまいました。どうして私は最後まで頑張らなかったのだろうと思うと今でも悔しくなりました。そして審査が終わった後、途中であきらめてしまった自分にとても腹が立ち、涙があふれてきました。帰りの車の中で、これからはどんな状況でも絶対にあきらめないと自分の中で誓いました。

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一次審査に合格した私は、けがから復帰して試合に一回も出ていなかった為、自分の組手や体力に不安を感じ、中四国交流大会に出場することを決意しました。試合の為の練習は本当に苦しく、時には悔しくて泣いてしまうこともありました。
しかし、その練習を最後まであきらめなかったことにより、精神的にも強くなれたと思います。試合当日は復帰戦と言うこともあり、緊張よりも楽しみのほうが大きかったです。
リラックスして試合に臨んだ結果、自分の得意な前蹴りを多く出すことができ、優勝することができました。母や妹が泣きながら喜んでくれていたので、とても嬉しかったです。そして、この試合で自分の組手に自信が持てました。

 二次審査の時、普段は試合にもほとんど来なかった父が応援に来てくれました。家族の声援が大きな支えでした。組手審査では、2回とも再延長になり、本当に苦しかったです。
しかし、たくさんの人の声援が励みとなり、最後まであきらめずに戦うことができました。審査が終わった後、多くの人に支えられたからここまで頑張れたということに改めて気付きました。
小さい時から、いつも練習に付き合ってくれたり、私がどんなに苦しい状況にいても「お母さんはいつも眞由の応援団だから。頑張って。」と励まし、応援してくれた母に本当に感謝しています。
今後はけがを通して学んだ、あきらめずに続けていくことの大切さを後輩に伝えていきたいです。
それと60歳まで空手を続けていくなかで、思いやりと感謝の心を忘れずに稽古に励みたいと思います。いつも、温かく見守り応援し続けてくれた家族、先生方、道場生のみなさん、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。押忍


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